同友ひろしま/2018年/12月/News

更新日2019.01.05

第4分科会「変化を恐れず、変化を楽しむ チャレンジ集団になれ ~島の写真館が時代の波に揉まれ、生き残ったモデル経営~」

報告者 ㈱スタジオアイ 代表取締役会長  相川 敏郎 氏 (呉支部)

■相川写真館時代

 私は島の写真館の息子として音戸町に生まれました。写真館は荒利が高い業種であったため島でやっていても豊かに暮らせていました。何不自由なく東京写真短期大学に行かせてもらい、アルバイトをせずに写真の勉強をしていました。大学を卒業し、島の相川写真館に従事しました。
 その頃写真館業界は技術志向なところがあり、社員は写真を撮らせてもらえない中、私の父親は好き勝手させてくれました。当時は「いい写真を撮っていればお客さんは来るものだ」という待ちの商売で宣伝等をしていませんでした。私自身写真を撮るのは上手でしたが(笑い)営業の方が好きでお客さんを待つということが耐えれませんでした。音戸町、倉橋町、江田島と町中を歩き回って仕事をとっていました。

■スタジオアイ設立

 写真館のおいしい仕事といえばブライダルと七五三でした。しかし、その頃音戸には呉の神社でお参りして神社で写真を撮る人もいましたが、ほとんど七五三の習慣はありませんでした。私自身、大学の同級生から七五三の存在を教えてもらいました。どうにかしてこのおいしい仕事をしたいと思いました。
 まずは神社にお客さんを連れてくることから始めました。神社の宣伝をするために神主さんを説得して11月の土日は朝から神社に居てもらうようにしました。その後、音戸町役場で住民票を確認して「神社に行ってお参りしましょう」という神社からのDMを送りました。そして、神社の境内で私がカメラを持って待つということをしていました。
 さらに、結婚写真の前撮りを始めました。それまで出張して家で写真を撮っていました。しかし、それではいい写真ができないということで結婚する人が見つかったらそこへ行って交渉し、美容師さんを説得して、スタジオで写真を撮っていました。そうこうしているとどんどん評判が広がりました。そして当時呉で流行っていた結婚式場の「玉姫殿」の写真室を担当することとなり、昭和57年に㈲スタジオアイを設立しました。
 今まで一生懸命走り回ってお客さんを見つけていました。しかし、写真室をやり始めて朝から晩まで写真を撮りっぱなし。空からお客さんが降ってくるという状況で「自分の好きなことができなくなったな」という違和感を感じたことを覚えています。結果、売上が呉でナンバーワンの写真館になりました。

■同友会入会

 昭和63年に中小企業家同友会の呉支部が設立。最初の会員増強の際ふと先輩が訪ねてきて「相川、お前これハンコ押せや」と言われ、ハンコを押したら同友会に入会していました。当然まったく意識がないため同友会活動はしていませんでした。

■経営計画策定セミナー受講

 平成3年、同友会に入会して3年ほど時間が経ちました。社員が増え、社員が結婚して子供ができはじめました。そこで「自分は社長とは呼ばれているけれど写真の事しか知らないな」と思いました。その頃たまたま同友会で経営計画策定セミナーの案内がきていました。その案内を見たときに社員の将来のことを考え「経営者としての勉強を始めておかないといけない」と感じ、そこではじめて同友会の活動に参加しました。
 受講してみた結果「自分は経営者としては何も知らない」ということがはじめてわかりました。「社長はこんなことも勉強しないといけないのか、このままではいけない」と感じ、まじめに同友会の活動に参加するようになりました。

■心臓バクバク~将来がない~

 平成5年、当時は婚礼で飯を食っていた時代です。そんなときに九州の博多での勉強会に参加しました。その際に講師が「2002年までは婚礼件数は微増しますがその年を境目に10年で半分になるので2002年までに経営の柱を変えていかなければ将来はありませんよ」と言われ、驚いて心臓がバクバク鳴りやみませんでした。

■変化①結婚式場から独立

 そのころから、結婚式の多様化が始まり、婚礼のビジネスが変わりました。そのため「玉姫殿」の結婚件数が減り始めました。そこで私は「自分が経営者なら閉館する、今だったらスタジオを自分が作ってもいい」と思いました。そして翌年の1998年、呉の市役所の前に1号店をオープンしました。その半年後に「玉姫殿」が閉館しました。

■変化②フィルムからデジタルへ

 デジタル化を進めていく上で問題となったのが、写真を製作するラボです。写真をフィルムから作るのとデジタルデータから作るのではまったく違うため一から新しいことを取り組まなければなりませんでした。さらに、働いている人間がパートばかりだったので納得させるのが大変だと思いました。そこで、写真の展示会に行ってもらったところ「社長、もう時代はデジタルなんですね」という感想を受けて本格的にデジタル化を進めることにしました。
 2004年に現在のイオンモール広島府中、当時はダイヤモンドシティ・ソレイユの出店が決まりました。そこでデジタルでスタートすることによって勢いをつけて出店しました。

■変化③社員教育の問題

 店舗展開していくためには社員の成長が欠かせないと思いました。しかし、社員研修をどのように行えばいいのかわかりませんでした。そこで、当時同友会の中で社員教育に力を入れ、多く出店し、大きくなっていた㈱ププレひまわりさんに社員研修見学をさせてもらいました。そのことを参考にして社員教育の体系を作るようにしました。

■変化④社員教育計画策定の勉強会

 5S活動を進めていく上で社員同士が喧嘩を始める場面がありました。社員教育で「新しいことに挑戦しよう」という体制を作らなければ変化に対して抵抗するということがわかりました。そこで、同友会で社員教育計画策定の勉強会を立ち上げて「教育体系図」と「あるべき人物像」を作りました。

■事業の継承~社長交代~

 創業80周年の時に息子に社長を譲りました。私は父親に好き勝手させてもらったので同じようにすべてを息子に任せました。なので、経営に関してすべてを放棄しました。

【質疑応答】

●これからの業界について
 必ず物事というのは成長し、成熟し、衰退していきます。現在の経営がうまくいっているときに次の新しい経営を考えなければなりません。
 写真館の使命というのは「お客様を寄ってたかって気持ちよくして帰ってもらうこと」であり、変わりません。 
●事業承継について
 息子は私が今までやってきたことを踏襲して経営しています。息子には自分の経験から広い視野を持てるような勉強をさせてあげたいと思いました。そこで、後継者育成塾に行かせました。結果として仲間ができたので行かせて良かったと思います。

【補足説明】

 勉強会などの場で学びを得たとしても実際に実行する人間は極僅かです。なかなか自分の事として捉えることができません。しかし、自分のことに置き換えて業界の将来を見据えなければなりません。一つでもいいので、何か聞いて「あっ!」と思ったときに行動に移せばそこで周りと大きな差が生まれます。だからこそ変化を恐れず、変化を楽しみ、チャレンジしましょう。

企業概要
■設立:1982年
■資本金:1000万円
■年 商:14億2000万円
■社員数:270名(内正社員80名)
■店舗:トータルスタジオfossette トータルビューティーサロンjevoir クリエイティブスタジオinnocence

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