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2026.03.23

幸子の部屋」Vol.10~自身の夢は無くとも、他者の夢は実現させる徹底的伴走者~

開催日時:
2026/03/20(金)
報告者:
(同)LIM 代表 山下ミカ 氏
文責者:
ひとつ麦 吉原 幸子

ゲストの方にお着物を着せてインタビューする「幸子の部屋」。
今回のゲストは(同)LIM 代表 山下ミカさん(広島西支部・佐伯地区会)。

「なにか仕事をしてみよう」と思ったことから、SNS活動を始められた山下さん。最初は技術も資格もなく、自信も、目標も、自発的意欲も無かった山下さんでしたが、一つ一つの案件に誠実の向き合ううち、次第にご縁が拡がります。
「夢がない」ことがコンプレックスだった、と言われる山下さん。ゆえに「無私の姿勢で相手の心の奥深くに没入し、深淵に潜む《夢》を見つけだし、それを実現するためのスキーム構築。さらに逸脱することなく目標を達成するまで伴走すること」を得意とする、極めて稀有な山下さん。
インタビューしていた私自身、お聞きしながら驚きの連続でした。山下さんの、過去、現在、未来のお話。是非、ご一読ください。

本日のお召し物

本日のお着物は、本藍染めの「小紋」というお着物に、「向かい鶴」というおめでたい柄をあしらった袋帯を合わせております。青や紫がお好きとのことでしたので、キリリと引き締まった雰囲気と、女性らしい柔らかさとを合わせた装いに致しました。
吉原はグレーの吉祥柄の附下小紋に、黒地にピンクの花柄の帯を合わせ、ご一緒に未来を拓く気持ちで装いました。

吉原:山下さんはどのようして今のお仕事を始められたのでしょうか?

山下: 実は、最初からこの仕事をしようと思っていたわけではないんです。夫の転職したタイミングで「自分も何かやってみよう」と思ったのがきっかけでした。
当時は特別な技術も資格も持っていなかったので、手元にあった携帯電話やスマートフォンがちょうど普及し始めた時期だったこともあり、SNSでの活動を始めたんです。
初めから収入に繋がるわけではなかったので、お寿司屋さんでのパートや、クロネコヤマトの深夜勤務など、様々な仕事を掛け持ちしながら生計を立てていました。

吉原: そこからどのようにして今の仕事に繋がっていったのですか?

山下: 2013年、知人の紹介でリクルートさんと、島根県石見エリアの伝統芸能「石見神楽」のSNSプロモーションを担当することになりました。
正直、石見神楽については全く知識がなかったのですが、とにかく見に行くしかないと思い、毎週のように公演に足を運びました。予算度外視で家族も巻き込み、毎週末は必ず島根のどこかにいる、という生活を半年間続け、情熱的に情報発信を行った結果、一定の成果を出すことができたんです。
クライアントさんからもご好評をいただき、最終的には1年間担当しました。この経験を通じて地域の方々とご縁が繋がり、仕事的にも大きく発展することが出来ました。

吉原: すごい情熱です!だからこその結果ですね!

山下: 石見神楽のSNS発信が、以前から知り合いだった東京の映像ライターさんの目に留まり、キヤノンさんの新しいカメラを使ったプロモーション映像制作に、現地コーディネーターとして参加する機会をいただきました。お陰様で、動画撮影にも関心が拡がりました。

ある日、知人から「東京まで仕事が取れるようになったんだから、次は世界じゃね?」と笑いながら言われたんです。その言葉に「世界か!」と思い、アメリカのラスベガスで開催される映像制作者向けのイベント「NAB Show」に行きたいと周りに話していたら、その映像ライターさんから「仕事にするなら依頼するから」と声をかけていただき、取材映像を撮る仕事として初めて海外に行くことになりました。
当時、子どもはまだ小学生でしたが、行くことを決めていたので、予約から子どもの世話の段取りまで全て自分で整え、最後に夫に報告するという形で実現させました。
そこから3年ほど、毎年ハリウッドやロサンゼルスに行かせてもらったおかげで、映画業界の方々へ人脈が広がり、そのご縁で取材させて頂けるなど、活動の幅も深さも、想像をはるかに超える大きなものとなりました。

吉原: まさに映画のごときドラマティックなお話です。山下さんのフットワークの軽さに脱帽します。
ここからは、現在の山下さんのお仕事のご様子についてお聞かせください。

山下: 今は「地域・観光」「映像・制作物」「伴走支援」の3つの軸で活動しています。
以前は島根など県外での活動が主でしたが、子どもが成長し、小学校から中学校に上がるタイミングで、仕事のペースを少し落とし、家庭に注力しました。
子どもが落ち着いた後、広島の同友会に入会したことをきっかけに、広島県内での企業案件へと仕事の幅を広げました。
特に「伴走支援」では、映像制作で培ったヒアリング能力を活かし、お客様自身が持つ答えや本当にやりたいことを引き出す「思考の整理整頓屋」として、目標達成までのプロセスを一緒に構築しています。
私は答えを出すのではなく、相手が話す言葉を整理していくことで、答えは必ず相手の中にあると考えています。

吉原: 相手の世界観に深く入り込むことを大切にされていると。

山下: はい。仕事では、まずクライアントの世界観に「ドボンと入る」ように完全に没入し、深く共感することを重視しています。その人が何を考え、何を感じているのか、その人の見ている世界を一度自分の中に取り込むんです。
その後、一歩引いて「鳥の目」で客観的に状況を分析し、理想と現実のギャップを埋めるための戦略を立てます。

この人の見ている世界と、現実に即した世界を分け、現実的に起こせること、起こせないこと、今やるべきことなどを整理していくのが好きなんです。クライアントの目標達成が全てであり、自身の個人的な感情は不要だと考えています。

吉原:ちょっと想像できません。まず「相手の目」になれるほど、その人の心に入り込むこと自体、難しそうです。

山下: 私はコミュニケーションの「ノリ」を相手に合わせて変えるんです。例えば、広島弁を話す方には広島弁で、ビジネスライクな方にはビジネスライクに、と相手のスイートスポットを探しながら接します。そうして相手に心を開いてもらいます。
仕事の話だけでなく、社員さんのプライベートな話、例えば子育ての苦労やマルチタスクの大変さなどに共感し、「心の接点ポイント」を増やすことを大切にしています。
そうすることで、相手に安心感を持ってもらい、本音を引き出し、プロジェクトを成功に導くことができると考えています。
時には、クライアントが目標から逸れそうになった時には、厳しいお母さんのように「あなた、これやりたいって言いましたよね?」と現実を突きつけ、本来の目標にコミットさせることもあります。

吉原:そんなことが出来る人が世の中にいるなんて、驚きです。まるで魔法使いです!どうしてそんなことが可能なんでしょうか?

山下: 実はこれまで、特定の夢を持たず、他人の提案や偶然の成り行きに身を任せる「ダーツの旅」のような人生を歩んできました。
昔から夢がないことにコンプレックスを感じていましたが、今はそれを逆に、他者の夢を支援する強みに変えています。
SNSは移り変わりの激しい媒体です。いつしか時代の変化についていけなくなっている自分に気づき「限界」や「負け」を突き付けられ、苦しみながらも現実を認められるようになった時、「相手に圧倒的に寄り添い、目標達成まで伴走することが出来る」という、自分だけの得意分野を見出しました。
私は、私自身がやりたいことよりも、クライアントがやりたいことを実現できるプロセスを構築するのが楽しいんです。

吉原: 自分の限界を受け入れられた時、他者にない自身の強みを確信されたんですね。さぞ苦しい思いをされたことと思います。
ご自身の仕事と家庭の両立については、いかがでしたか?

山下: ほとんどワンオペで育児をしながら出張の多い仕事を両立しました(笑)。
ベビーシッターさんなど外部のサポートが大きな助けとなり、「地域で子供を育てる」ことの重要性を実感しましたね。子どもがまっすぐに育ってくれたのは、本当に周りの方々のおかげだと思っています。
コロナ禍と子どもの中学校進学が重なった時期には、仕事のペースを落として家庭に注力しました。
子どもたちが高専に入学し落ち着いた後、再び仕事への意欲を取り戻し、同友会に加入するなど新たな活動を再開しています。

吉原: お子さんの大事な時期には「お母さん」としての時間を優先されたのですね。大事なことと思います。
最後に、山下さんの今後の展望をお聞かせください。

山下: これまでは一人で活動してきましたが、最近では手一杯になってきたこともあり、事務的なことや秘書的な補佐をしてくれるサポートメンバーを増やし、自分の会社のチームを作り始めました。
今後はこのチームで、「仲間のやりたいこと」を実現できるよう支えていきたいです。

強いて一つ「これがしたい」ということを挙げるとすれば、島根の石見エリアへの恩返しです。私に最初のキャリアをスタートさせてくれた特別な地域です。つつがなく未来へ向けて地域が発展していけるよう、人が増えるようお手伝いしたり、地域にお金が落ちるような方法を考えてお手伝いさせて頂きたいです。私自身の人生を変えてもらった場所なので、強い思い入れがあります。

吉原:素晴らしいことです。是非その夢を叶えてください。楽しみにしています。
本日は、ありがとうございました。