経営フォーラム2025 第4分科会「夢中って、最強。~栄光を掴むきっかけはいつも自分次第~」
- 開催日時:
- 2025/10/07(火)
- 会場:
- リーガロイヤルホテル広島
- 人数:
- 79名
- 文責者:
- 事務局 木下
■「本気は必ず伝わる」

三工電機は1957年に呉市で創業し、船に使われる電子機器の設計・製造・販売を行っています。特に「分電盤」は国内シェア約70%を占め、最近では世界最大のコンテナ船にも採用されるなど技術力とデザイン性には自信があります。
2022年に3代目社長として就任してから今年で4年目。売上も利益も順調に伸びていますが、経営をしていて改めて実感するのは「夢中になること」の力です。
私が人生で最初に夢中になったのは野球です。小学3年生で始め、夢はプロ野球選手。高校では甲子園を目指し、元旦以外は毎日練習という生活を送りました。甲子園出場は叶いませんでしたが、仲間と全力で挑んだ経験は宝物です。本気で甲子園を目ざすチームを仲間と共に作る中で学んだ一番の事は「本気は必ず伝わる」とういこと。逆に言えば、中途半端では何も伝わらない。この経験は今でも大切にしております。
大学時代は夢を諦め野球を辞め、その後悔で自分を見失いかけていました。しかし、小中高とバッテリーを組んだライバルがプロを目指す姿を見て、自分が逃げていたことに気づきました。そこからアメリカ留学や様々な国を見に行きました。そして、海外で働くことをめざした就職活動など、「行動」を起こしました。ただ、正直に言えば「夢をあきらめた自分を隠したい」という気持ちもあったのだと思います。
■「もう二度と後悔したくない」
私は幼い頃から両親に「自分のやりたい事をやりなさい。自分の夢を叶えなさい」と言われて育ったため、父の働く会社に興味を持っていませんでした。父が社長になった2010年頃、私は両親の言葉通り外の世界で夢を追っていました。ある大型連休で帰省した際、父から初めて「一度会社を見に行ってみろ」と言われ、三工電機を訪れました。その規模と立派さに驚き、初めて父が背負っていた苦労と責任の重さを感じました。
そこから三工電機に興味を持ち、帰省のたびに父と仕事の話をする様になりました。父が苦労している姿を見て、息子として父を助けたいという気持ちも芽生え始めました。
しかし、入社については、今の夢や生活の安定を捨ててまでやる必要はないと両親から強く反対されました。特に母は、父の社長としての苦労を最も近くで見ていたからこそでした。
それでも説得を続け、2017年、「必ず自分の力で社長を掴み取る」と両親に約束し33歳で入社しました。
入社当時、会社は造船ブームで売上は良かったものの、離職者が多く、現場は混乱し、利益も出ず、社内は暗く、挨拶も会話も殆どない状態でした。私は「明るい会社にしたい」と声をかけ続けましたが、冷たい態度を取られることが多く、心身ともに追い詰められていきました。車に10円傷をつけられた時は、ショックでしたが、それでも「無反応ではなかった」ことにどこか安堵している自分もいる程でした。
ストレスで体調にも異変が出始めましたが、「自分の意志で入った会社だから絶対に諦めたくない」と踏みとどまりました。高校時代の夢中になっていた気持ちを思い出し、「もう二度と後悔したくない」と強く決意しました。
■「命を懸けて社員を守る」
そんな時、同友会の新入社員研修に参加したことで、社員の成長を真剣に考える経営者たちの姿に感動し、「うちの会社でもやろう」と決意しました。そこから社員と1対1で対話することを始めました。最初は愚痴ばかりでしたが、多くの社員が会社や製品に誇りを持っていることに気づきました。
連絡が取れる退職した元社員にも話を聞きに行き、特に十数年前に退職した創業期を支えてくれた元専務のお話しは衝撃的でした。三工電機の技術への熱い思いに触れ、胸が熱くなりました。社員が会社に不満を言うのも「良くしたい」という想いの裏返しだったのだと理解できました。
その時、「会社や社員のせいにしていたのは自分だった」と気づきました。自分が変われば会社も変わると、信じられるようになりました。悩みながらも社員との対話を続け、2020年に取締役に就任し、父とは避けていた社長の話も、20年ぶりに一緒に野球観戦に行き、腹を割って話し合いました。
社員との距離を縮めるため、給料明細を手渡しながら立ち話で本音を聞き、働きがいに関するアンケートも実施し、出た意見を一つずつ改善しました。すると社内の雰囲気は明るくなり、笑顔や挨拶も増え、仲間意識が強まりました。「本気で向き合えば心は動く」と実感した瞬間でした。
その頃、父が病で入院し、その心労の裏にあった苦難の日々も知りました。母が入社を強く反対した理由も理解でき、社長が背負う重圧の大きさを痛感しました。私はそこで初めて腹を括ることができ、「命を懸けて社員を守り、三工電機を発展させる」と父に誓い、2022年に社長に就任しました。
■「命の時間を使って何を果たすか」
社長になって最初に取り組んだのは、「三工電機の仲間達と命の時間を使って何を果たすのか」を徹底的に自分と向き合い考えることでした。自分の人生を振り返ると、悔しさや嬉しさ、感動、自分の心が動いた時、そこには必ず“人”がいました。やはり「三工電機は人でつくる会社」で在り続けたい。
三工電機の使命は“思いやり・情熱・技術で世の中になくてはならない会社になる”。この我々の使命を全社員へ発表し、自分の過去や気持ちも正直に語りました。涙を流す社員も多く、社内の雰囲気が大きく変わっていきました。

社員の議論から「技術で社会に貢献したい」という声が高まり、船の仕事に加え、航空・宇宙、そして将来的には潜水艦にも挑戦することを決意。「空・海・宇宙・深海を支えるメーカーになろう」と誓い合いました。また、「地域や子どもたちに必要とされる会社でありたい」という想いから、様々な企画を地域向けに実施しています。もちろん失敗もありますが、社員と共に乗り越え、成長していくこのプロセスこそが、何よりの幸せです。
■「売上100億円企業への挑戦」
幹部社員の退職をきっかけに、「会社の方向性は見えるが、目先の姿が見えない」という課題に直面しました。答えを求めて2022年に初めて参加した「青年経営者全国交流会」で、「売上100億円企業への挑戦」という報告に衝撃を受け、具体的なビジョンの重要性を痛感しました。
これまで会社には使命はあっても、明確なビジョンがありませんでした。そこで社員の夢をベースに「10年後年商100億円」という目標を掲げました。数字を入れたロードマップを作成し、全員で目指す方向性を共有したことで、三工電機を引っ張っていきたいというリーダー候補に13人が立候補するなど、会社全体に未来へのワクワクが広がりました。その勢いで、他社が断った無人運航船の依頼にも挑戦し、社員全員で協力して完成。テレビアニメのオープニングにも取り上げられ、感動と喜びを分かち合いました。三工電機の力の源は技術だけでなく「人」であり、ものづくりから人づくりへと自然に変化していったのです。
■「夢中って、最強。」
そして今、私は「人づくり」に全力で挑戦し、数十億円を投じて新工場を建設しています。2027年春完成予定で、航空宇宙事業、新規開発の拠点であるだけでなく、社員食堂、社内大学も備えます。社内大学は社員が人生や仕事に役立つ学びを得られる場として、多くの専門家や著名人にも来て頂きます。
社員も少しずつ夢や未来を本気で考え、熱く語るようになってきました。私自身も野球時代以上に夢中で、この使命を追いかける日々です。
家庭でも、息子や娘に仕事の意味や責任を伝え、夢中で生きる姿を背中で示しています。今は父も元気に社員と触れ合い、人生を存分に楽しんでいます。
結局、夢中になることは人を動かし、人生を豊かにします。私はこの力を信じ、これからも夢中で生き続けます。夢中って本当に最強です。
【会社概要】三工電機(株)
設 立:1991年5月
資本金:1,000万円
年 商:15億円
社員数:80名
事業内容:舶用電気機器の設計、製造
https://www.sankodenki.com/